■スキーだッ!Z ”体幹コントロール”のイメージづくり2015年01月05日

 いよいよスキーシーズンに入りました。今年は早くから寒波がやってきて、雪国にお住まいの方は大変ですが、スキーヤーにとっては嬉しいスタートではないでしょうか。

 ところで、スキーとはまったく関係のないJAF発行の「JAFMate10月号」で、バイクの特集があり、”ライディングの基本姿勢”というのが写真付きで記載されていました。最近のスキーでよく耳にする、体幹(体軸)を使った操作と、とてもよく似ていて、このイメージ構築に良さそうなのでちょっとご紹介します。合わせて、2011年の「InterSki」で撮影された各国のスキー比較ビデオ(出典先は文末参照)と対比させて考えてみます。

リーンウィズ
 オートバイの傾きとライダーの傾きを同じにしてコーナリングをする技術です。そこで上記スキービデオで、この”リーンウィズ”が見られる国をピックアップし、ビデオクリップにしてみました。(下図)
”リーンウィズ”が見られるのは、ターン前半部です。切替え時に、高い姿勢へと移行した際、そのまま新しいターンの方向へ身体ごと導いていく動作が、まさに”リーンウィズ”と同じです。わかりやすいように、なるべく同じシーンで並べてみました。
少なくともこの瞬間はスキーと身体が一体になっているのがわかります。ただ、イタリアの場合、背骨のラインが他の国よりやや起こし気味になっていて、後で説明する”リーンアウト”との融合姿勢のように感じます。
またどの国も、いつまでもこの姿勢を保っている訳ではなく、一瞬で終わらせて、すぐに”リーンアウト姿勢”に移行するケースやフォールラインあたりまで保ち、その後ジワジワと”リーンアウト”に移行するケースとそれぞれ時間差があります。しかし、回転後半から増してくる雪面からの抵抗と、次のターンを意識した姿勢づくりの為に、”リーンウィズ”を経由した後は、どの国も回転後半までに”リーンアウト”またはそれに近い姿勢になっています。 ↓(写真をクリックすると拡大します)

各国のリーンウィズ



リーンアウト
 オートバイを傾けても上体はそれに合わせず、むしろ姿勢を立てながらコーナリングをする技術です。これとよく似た姿勢でスキー操作をする国は”オーストリア”でした。”リーンアウト”中心に姿勢を保ち、切り替えで上下動は見られるものの、終始低い姿勢で”リーンアウト”を保持していきます。完璧な”リーンアウト”です。背骨がまっすぐに立っています。バイクの説明にもあるように、この姿勢は荒れた路面でバランスを取るのに最も適しています。常に雪面状況が変化するスキーだからこそ、この姿勢はとても大切な基本姿勢だと言えます。緑のウエアーのオーストラリアのカットでは、切り替え時にスキーの真上に立上るものの、”リーンウィズ”が出現しているかは微妙でした。そしてすぐにカットのような”リーンアウト”姿勢を取っていきます。一方イタリアは一瞬、”リーンウィズ”になりますが、その後上体をやや外側に起こし気味にスキーを回してきます。とてもデリケートで絶妙なリーンウィズとの融合姿勢に見えます。

各国のリーンアウト


●まとめ
 バイクの説明にもあるように、これらのフォームは状況にあわせて使い分けることが大切です。ビデオクリップは一瞬を切り取っているので、この姿勢をずーっと保持してゆくように思えてしまいますが、ワンターンの流れの中でも前半と後半で使い分けが必要です。また、どっちの姿勢が正しいとか、どっちが古いというものでもありません。さらにイタリアのような”2つの姿勢をミックス”した使い方もアリなのです。だからこそ各国の滑り方に個性がでてくるのです。結論から言うと、好き嫌いはあるかもしれませんが、姿勢はひとつに偏らずみんな出来るようになりましょう。(笑)→いいとこどり\(^0^)/
”リーンアウト”をベースとして、状況が許されると”リーンウィズ”を使い、ターン弧が大きければ”リーンウィズ”、ターン弧が小さくなれば”リーンアウト”へ移行といった使い分けや、ワンターンの中での使い分けも大切です。カットを載せませんでしたが、アメリカは1ターンの中でこの2つの姿勢をはっきりと使い分けています。もちろんオーストリアのように終始”リーンアウト”中心で攻めるのもアリだと思います。

 ついでに他のオートバイの乗り方もスキーの参考になるので貼っておきます。こういう姿勢はどちらかと言うと、スキーではバリエーションになるのですが時々あります。それより写真のライダー(佐川健太郎氏)の視線(オートバイの進行方向とライダーの視線の方向)がスキーでも絶対に必要ですね!

■リーンイン、ハングオフ

 尚、スキーの写真はカナダのCSIA、John Gillies氏が2011年の「InterSki」で撮影し”Technical Comparison Intermediate”としてYoutubeにアップされたものを使わさせていただきました。一連の動きでご覧になりたい方はリンクしておきます。またその中に、日本の滑走シーンもあるのですが、紹介した国々とは異なっていて、姿勢があまり変化せず、”リーンウィズ”から”リーンウィズ”へとターンをつなげています。(参考まで)
また、バイクの写真は冒頭にも記載しましたが、一般社団法人日本自動車連盟「2014年JAFMate10月号」より転用させていただきました。

(お願い:路上でバイク・自転車をスキーイメージで操作することは大変危険ですのでお止めください。)

■もんたにゆ54号 1985春「春遙か」2014年11月07日

■もんたにゆ54号 1985春「春遥か」

春はブナの新緑に縁どられた残雪の山を、好き勝手に歩くのが楽しいですね。おおよそのルートは夏道沿いでも、道は雪に埋もれているから無いようなもので、雪崩の危険さえなければ、ルートは自由にとれるし最短距離で歩くこともできます。日差しもかなり強いので、顔は火傷のようになるし、雪目にもなります。

いちどひどい雪目になったことがあります。。。
 
春山からの帰途、中央線の松本を過ぎたあたりから、ずーっと列車内がタバコの煙で充満しているのかと思っていました。新宿に着くころ目がシバシバし始め、ホームに降り立ってもまだ周りがくすんでいるので、ようやく自分の目がかすんでいるのだと気が付きました。以前にも似た経験があったので、自宅に帰っても手当てもせずそのまま床につきました。

翌日。。。
朝日が眩しくて目が開けられません。それに目を動かすと、眼球をザラ紙で擦られているように痛く、おまけに涙が止まりません。仕事があるのでどうしても出勤しなければならないにもかかわらず、眩しいのと、目が痛いのとおまけに涙が止まらないのです。

学生の時、山の先輩が冬山の合宿中に雪目になり、夜、天幕の中でもサングラスをかけ、懐電の光から逃げ回っていたことを思い出しました。当時、自分はそれを不肖にも笑っていましたが、こうして実際、雪目になってみると先輩のつらさがよく解かりました。

仕事に行くことにしました。極端に眩しいので濃いサングラスをかけて。電車では人目につかないようドアーの傍に立ち、外の景色を見るような風情で体裁を整えているつもりでしたが、涙が止まりません。涙は頬を伝って流れてくるので、時々鼻水と一緒にハンカチで拭わねばならず、満員電車で意味もなくサングラスをかけてカッコ付けてる大人が、外を見ながら泣いている姿は、他の乗客から見ると、なんとも。。。いろいろな妄想を提供してくれる大見世物でした。

職場では蛍光灯が眩し過ぎて、やはり涙が止まらず、泣き顔が面白いと、仲間に冷やかされながら、必死に机にかじりついていましたが、痛みもあるしまったく仕事になりませんでした。そこで、薬屋に行きホウ酸を購入して目を洗ったら、少し楽になってきたのですが、1時間おきに目を洗わないと痛くていられませんでした。

あの日、ドピーカンの天気にもかかわらず、急登の斜面で頭を下げてしまい、足元の雪を見ながら登ってしまったことがいけなかったのです。白い雪の斜面が少しピンク色に見えていたことを覚えています。もともとスキーでも春山でも、目は強いほうだったので、サングラスをあまりかけたことがありませんでした。春山では新雪が降った後など特に危険なので、充分に注意していたのですが、うかつでした。。。

そんな反省材料として、辛い雪目にならない為にどうすれば良いのか。。。
本当は言える立場ではありませんが経験者の忠告として、足元の雪はあまり見ないようにし、まぶたを細めて常に目線を遠くの景色や空に置き、まさに「春遙か」で行動するのが雪目にならないコツなのです。

もっともその前にサングラスはちゃんとかけましょう!
そして、一度サングラスをかけたら、終日かけ続け、途中ではずしたりしないことです。

■もんたにゆ49号 1984冬「白銀の山」2014年05月28日

■もんたにゆ49号 1984冬「白銀の山」

 若い頃、"もんたにゆ"の仲間達とツアーを組み、冬になると毎年のように北海道へスキーに行っていた。ニセコに行った時、次回はニセコアンヌプリ(1308m)に登ろうということになった。
 ニセコのスキー場はニセコアンヌプリの山腹に広がる日本で第一級の広大なスキー場で、当時(現:ニセコグラン・ヒラフ)は今のように山頂付近までリフトがなく、通称1000m台地と呼ばれる所までだった。しかも北海道は森林限界(そのラインはおよそ1000m)が本州より低いので、1000m台地より上部は、樹木のない雪の大斜面になっている。だから山頂に立つには、この斜面を(高低差数百m)ラッセルして登らなければならなかった。
幸いにチャンスはすぐ訪れて、その年には10数人という仲間がそろった。

 どうせ登るのなら、自分達が最初のトレースをつけたいと思うのは山屋とスキーヤーの性。当日、私達は早めの朝食をとり、リフトを乗り継いで、1000m台地の終点に降り立った。天気は予想通り良好。前日までの降雪量も少なく、西高東低の気圧配置が一瞬緩んだ日だった。しかも早朝なので一番乗り。前日のミーティングどおり、一列に隊列を組み、まだトレースの付いていない雪の斜面をツボ足でラッセルしながら登り始めた。登山が目的ならばシールや輪カンを用意すればよいが、スキーが目的だから最低限必要な荷物以外は省略したのだ。

 北海道では1000mそこそこの山だけれど、冬ともなれば本州の3000m級に匹敵する厳寒の山だ。私は周囲の状況に注意を払った。気温は低いものの風は弱く、山頂は見えていた。斜上は雪崩が怖いので、なるべくダイレクトにルートをとった。隊列のトップはラッセル専門で一定の時間ガンバってもらい、疲れると横に移動して最後尾につき、次にセカンドがトップに立つという”金太郎飴方式”で高度を稼いでいった。幸い深いところで大腿部が埋まる程度だったので膝で雪を潰しながら、じわりじわりと滞ることなく全員で汗かきラッセルを続けた。一時間ちょっとでついに私達は稜線にで出ることができた。振り返ると、このトレースをたどって遥か下からスキーヤーがゾロゾロ登ってくるのが見えた。

 稜線から山頂までは僅かだった。山頂には大きな石塔が建っていて、”エビの尻尾”がバリバリに張り付き冷凍庫の中のようだった。それが大戦中ゼロ戦の着氷実験棟の跡地だと知ったのはずいぶん後になる。

 山頂に立ち、周囲を見渡した時、驚いた。。。
なんと厳冬のニセコアンヌプリの裏側には”極地の山岳”のような白銀の風景がひろがっていたのだ。チセヌプリ(1134m)、イワオヌプリ(1116m)を始めとして、真っ白な山々には樹木など一本も無く、どこでも滑れるノートラックの雪の大斜面が見渡す限り無尽蔵にあるのだ!北海道の懐の広さ、さらにはニセコのスケールの大きさを改めて知った一瞬だった。

もちろんそこから、雪庇を飛び降りてのドロップインはいい思い出となりました。

 今では上部にリフトが延長され、終点から稜線までピステンのトレースもつけられて、天候さえ良ければ誰でも簡単に山頂に立つことができるようになりました。ただ、残念なことに事故などが続いた為、コース外滑走がしずらくなり規制がかかってしまいました。でも、ニセコに行かれた際は、”ニセコアンヌプリの裏側の山々はもっとすごいぞ!”と言うことを思い出してください。そして規制のゲート等が開くチャンスがあればぜひ山頂に立つことをお勧めします。(もちろん技術・経験・装備を万全に)
 ただ、くれぐれも甘い誘惑につられて、規制コース外に滑り降りないでくださいね。まちがいなくその日の内に帰れなくなります。。。それと雪崩も怖いで~。

■もんたにゆ46号 1983春「碧草春色」2014年03月04日

■もんたにゆ46号 1983春「碧草春色」
 
残雪期の宝剣岳(中央アルプス)にスキーを使って単独で登ったことがある。
雪で埋め尽くされた千畳敷カールを、シールを着けて登り始め、ジグザグに折り返しながら苦労して稜線へぬけた。稜線からはさすがにスキーは無理で、青く凍った斜面や岩場をアイゼンとピッケルで登りつめて山頂に立った。人気のない静かな、そして高度感のある山頂だった。
復路は、せっかくスキーを担いできたこともあり、稜線からの下りにスキーをはいた。ここはよく滑落事故が起こるので、滑り出しの超急斜面は慎重に滑ったものの、あれだけ苦労して登ったわりには、あっと言う間に降りてきてしまい、ちょっと拍子抜けした記憶がある。
山はまだ冬の装いだったが、伊那谷は新緑が眩しかった。

※表紙絵は豊崎正人さんの作品、「宝剣岳」

■スキーだッ!Z 「たかがプルークボーゲン、されどプルークボーゲン」その22014年02月12日

去年12月9日にアップしたたかがプルークボーゲン、されどプルークボーゲン」のつづきです。
前回、「プルークボーゲンは、パラレルターンと同じ動き」と書きました。それをもう少し分かりやすく、図にしてみました。(図をクリックすると拡大します)

■プルークボーゲンとパラレルターン

図の左側はプルークボーゲンでのスキーの動き。その右側はその時の”ボーゲンの基本姿勢”を図化したもの。そして一番右側は同じ条件での”パラレルの基本姿勢”を図化したものです。各A,B,C,D点はそれぞれ共通のポイントで、パラレルまでグレーの矢印で結んでみました。

さて。。。真ん中にある”プルークボーゲン基本姿勢”の赤い着色線(スキーヤーから見ると左半身)が、そのまま”パラレルの基本姿勢”で示す赤い半身姿勢とまったく同じであることを確認してください。(コピーしているのでまったく同じです、内足の位置だけが異なりますが。。。)そして、マジェンタ色の記述がその時の共通操作です。ボーゲンの操作の半身は、そのままパラレルの姿勢・操作になっていることが判ると思います。

ところが。。。私たちは経験や習慣、あるいは学習過程から、これにいろいろとプレ動作を加えてしまいます。クセだったり、今はやっているスキー操作だったり、WCレーサーの高速ターンをコピーした滑りなどです。たとえばターンのきっかけで外肩を上げて内傾姿勢を作る(体軸を倒すため)滑りや、進行方向に立ち上がる前に、体軸を回転内側へ投げ出していく滑りなどです。それぞれはターンのきっかけの重要なプレモーション(予備動作または先行動作)なので、けっして悪くはないのですが、こうした動きが滑走感覚の大半を占めてくると話は別となります。つまり、ターンのきっかけがどこから始まるかが分からなくなってくるからです。
上級者がプルークボーゲンをするとギクシャクしてしまうのは、このプレモーションがいっぱい付いて、ターンの基本部分が見えなくなっているからだといえます。

まだまだシーズン中盤。
もう一度、脳内スキー感覚から離れて、雑念をひとつひとつ剥がし、シンプルなスキー操作を目指してみるのはいかがでしょうか。  

■もんたにゆ45号 1983冬「雪踏む音」2014年01月31日

■もんたにゆ45号 1983冬「雪踏む音」

 スキーを始めた頃、新潟のスキー場によく行っていた。スキーをする人はご存知だろうが、信越と上越とでは雪質がまるで違う。一言で表現すると、信越はサラサラで上越はボテボテといった感じだ。この雪質の違いは面白いことに、スキーの姿勢にまで影響を及ぼす。雪の抵抗が少ない信越は、姿勢が高くなり、逆に雪の抵抗が大きい上越ではバランス保持の為、姿勢が低くなるといった具合だ。だから滑降姿勢を見て、この人は普段どっち方面でスキーをしているかが判った。

 一方、この雪質の違いは、技術面でも違いが現れ、上越でスキーを習得した人は、信越で滑ると、回り過ぎてテールがずれ、信越でスキーを習得した人は、上越ではひっかかって、うまく回れないのだ。これは、雪質の違いで角付け(エッヂング)が微妙に異なっているからだと思われ、信越はエッヂを使い(サラサラなので、エッヂでしっかりとズレを止める)、上越では面を使う(エッヂングはややルーズでも、ボテボテ雪が壁になってスキーのズレが止まる)からだと推測する。(そもそも雪の抵抗の少ない信越は、わずかのきっかけでスキーが回ってしまい、弱いスキー操作になりやすいのも一因)だから信越スキーヤーは上越で滑ると板がひっかかってうまく回せず、逆に上越スキーヤーが信越で滑るとルーズなエッヂングでテールがずれて回り過ぎてしまうのだ。

 ところが、あるレベルまでは上越のスキーヤーにとって、これはとても有利に働く。回しにくい雪質で自然に培ったスキー操作は、信越に行くと急に楽になって、ひとまわり上手くなった気がするからだ。これは嬉しい。

 ただ、上越のスキー場がいつもこうしたボテボテ雪質なのかというと、そうでもない。冷え込んだ日のナイターや、ほどよく新雪が降った曇天の日など、信越とほとんど変わりなくスキーが楽しめる日がある。そんな時はきまって、歩く雪道の足元から”クリックリッ”と心地良い雪音がする。朝早く起きて、一番にゲレンデに向かう時、靴裏から、この「鳴き砂」のような音を聞くと、「今日は最高だよ!」という雪山からのメーセージを聞いている気がする。

上越のスキーは、「雪踏む音」の日がとても楽しいのです。。。

■ 「山は寒いっス!」2014年01月15日


古巣の菅平に行ってきた。

寒波の真っ只中、キーンと凍った朝は、

マイナス10℃を軽く通り越し、

夜半に降り積もった雪は、

前日までのトレースをすべて隠して、

高原の樹林は凍りついていた。


久しぶりにパウダーを滑ったり、

昔の仲間達と会ったりして、

時間はあっという間に過ぎていった。

ゲレンデは思ったより空いていて、

寒風が吹き荒れていたが、

仲間達の嬉しそうな歓迎が、とても暖かった。


一緒に行った、娘夫婦にも、

彼らの暖かい笑顔が伝わっていたと思う。




新雪は楽しい・。。。





ハ~イ!ポーズ!!!

                                     校長とばったり。。。

■スキーだッ!Z 「たかがプルークボーゲン、されどプルークボーゲン」2013年12月09日

プルークターンという言い方もありますが、基本的にどちらも同じです。
制動要素の強いものから、滑走性のあるものまであって、幅が広いですが。。。
実はこれが、くせ者なのです。

スキーを始めると、まず最初に習う技術として位置付けられていますが、上級者にこれをやってもらうと、意外に出来ない人が多いのに驚きます。
初心者にとって、とにかく安全に滑るための必須技術であっても、中、上級者では少々異なってきます。安定した滑走状態を保ちながら、普段の自分のスキー操作をスローで再生することができるからです。つまり自分のスキー操作の確認ができるのです。

プルークボーゲンを”初心者の技術”として、そこで思考を終了させてしまう人が多く、その結果、上級者になってから、これを表現しようとすると、ギクシャクした滑りとなってしまいます。パラレルで滑らかに滑る人でも、プルークボーゲンをするとギクシャクした滑りになるのは、こうした理由からです。(特に指導者と呼ばれている人達がギクシャクボーゲンで滑ってくるのを見るとちょっと悲しくなります。)
制動要素の強いプルークボーゲンも滑走性の高いプルークボーゲンもスキーの上で行う運動は同じで、その動きはパラレルターン(シュブング)とまったく同じになります。カービングも同様で、特別なものでもなく、昔から”切り込みターン”と呼ばれていて、これもプルークボーゲンで表現することができます。

プルークボーゲンは、バランス保持の難しい「切り替え」が楽に行える技術です。また、左右のスタンスもひろく取れるのでとても安定しています。いわば2輪の自転車から3輪車にのったような安定感があります。せっかく3輪車に乗っているのですから、転倒を気にせず、パラレルターンをしている時の、姿勢、運動、体の向き、手の位置などをこのプルークボーゲンの流れに乗せていきます。その際、自分のパラレルターンの運動と異なる感覚や動作があれば、そこを修正するようにします。慣性や体軸に頼りすぎていないか、どこからターンが始まっているか、手の位置はどうか、腰の向きは、などです。とてもスローな動きなので誤魔化しがきかず、”粗”も見えてきます。ちょっと地味な練習ですが、この部分のすり合わせ(修正)をすることがとても大事なのです。

その結果、プルークボーゲンは上級のスキー操作に繋がっている!ということがよく理解できます。そして、上記のすり合わせをしてゆくことで、スキーの運動が”自分の頭の中”で整理され、初心者や他の人に説明をする際、”自分の言葉”で咀嚼(ソシャク)して説明することもできるのです。

あまりに難しくなってしまった最近のスキー用語は、無機質で、どのようにも解釈でき、また誤解も招いてきました。大きな混乱を引き起こした某スキー団体の教程もようやく改定されるとのこと。失われた10年(ぐらい)をどう取り戻すかは、某スキー団体の方々(役員や会員)にお任せするとして、私はより”オープンで楽しいスキー”が今シーズンからできることを祈っています。

そしてカッ飛ばす!前に、今一度
"プルークボーゲン"をじっくりしてみてはどうでしょうか。。。

■もんたにゆ42号 1982春「春山の紋様」2013年09月30日

■もんたにゆ42号 1982春「春山の紋様」

もんたにゆ42号のタイトルは「春山の紋様」。

さて。。。

”代馬”という言葉をご存知でしょうか?
”しろうま”と読んで、田んぼの”苗代”を掻く馬のことを言います。
年配の方であれば、すぐ判りますが、若い人たちには
イメージがつかめないかもしれません。

スキーで有名な八方尾根には、
北アルプスの雄峰「白馬岳」という美しい山があります。
実はこれ。。。
「代馬岳」が本当の呼び名なのです。

春の残雪期、
山肌に”代馬”の形をした、雪の紋様(残雪)が現れることから、
この名前がついたと言われていますが、
昔の人は、この”代馬”の出現で、
農作業の時期を見極めたと言います。

こうした春先に出現する”雪の紋様”(残雪)を
一般的に「雪形」(ゆきがた)と言いますが、
この「雪形」、雪の降る地方には、たくさん存在します。

これだけで一冊の本ができてしまうくらいです。
けっこう、面白いですョ!

有名なところでは、
北アの五竜岳に出る御菱(武田菱→武田信玄の家紋)、
(五竜岳はこの”ゴリョウ”から付いたという説もあるくらいです)や
”種まき爺さん”が現れる、「爺ケ岳」などがあります。
私は個人的ですが、北ア、涸沢に現れる
”蝙蝠(コウモリ)”の雪渓が強く印象に残っています。

ちょと話が横道にそれました。。。

北アルプスの雄峰「白馬岳」の話に戻ります。

この山の裾野にある白馬(ハクバ)村は、
昭和31年(1956)の市町村合併により誕生したそうですが、
その後、登山口となる、大糸線「信濃四ッ谷」駅が
旧国鉄時代に「白馬(ハクバ)」駅へと
改名(昭和43年(1968))した経緯があります。

その結果。。。
急速に”ハクバ”読みが広まり、
今に至っています。

最近では「白馬岳」を”ハクバダケ”と呼ぶことも普通となり、
いにしえを思うと、ちょっと寂しくもあります。。。

さて、皆さんはどちらが好みですか?

■もんたにゆ41号 1982冬「冬山の悦び」2013年08月03日

■もんたにゆ41号 1982冬「冬山の悦び」

もんたにゆ41号は「冬山の悦び」
真夏に、「冬山の悦び」のお題は、ちょっと無理がありそうだが、
アブラゼミの鳴き声を聞きながら、少しは”涼”になるかも。


冬山で悦びがあるのか、と聞かれてもすぐには答えられない。
なにもかもが厳しいし、
当然、雪の中で寝泊りするわけだから、
常に寒気との戦いだ。
ルートも夏山とはまるっきり異なるし、条件も悪い。

ただ。。。
その中で見る冬山の風景は、
荘厳で「何か大きな天の存在」を感じる時がある。

それは「神」なのかもしれない。。。

仏教がチベットで盛んなのも、偶然ではないように思う。

人間が住むことを許されない世界で、
目の前に聳える、とてつもなく大きな雪山に飛び込み、
危険を回避しながら、あらゆる五感、いや、六感までも駆使して
アイゼンやピッケルを振り回し、雪まみれになり
何日もかかって登りきった時。

冬山の景色に感動するどころか、「生かされている自分」に感動するのだ。

あるいは、風雪に叩きのめされて、
ピークから逃げるように去るときは、「生きて帰らねば」とさえ思う。

これが「冬山の悦び」。。。なのかもしれない。


冬のスキー場では、こうした苦労が割愛されて、
ゴンドラが一気にピークへと運んでくれる。
山上にはたくさんのスキーヤーがいて
「ワーッ綺麗!」といって美しさに感動している。

こっちの方は「冬山の喜び」なのかな。。。と思う。
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